ギャンブル(パチスロ)依存症からの脱出体験記

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僕が初めてパチスロと触れ合ったのは15歳の時。6つ上の兄が無類のスロット好きで家に実機があった。

サミーのアラジン2という機種だった。熱心に兄が目押しを教えてくれた。子供の僕はコインがじゃらじゃら出てくる快感を自宅で味わった。

受験勉強中の僕にそんなこと教えるなんてどうしようもない兄貴だ。

見事に受験に失敗した僕は、高校に入るとすぐにパチンコ屋に入り浸った。朝一でホールに並びモーニングを消化して制服に着替えて遅刻して登校したりもした。

バイト先のスーパーのレジから500円抜き、バイトの帰りに羽根ものを打ったりもした。

高校生の時からこんな調子だった。しょもないやつだった。生粋のパチンコ中毒者だった。

一応大学に進学したもののパチンコ熱は収まらず、大して学校にも行かずパチスロばかり打って過ごした。

見事に大学を中退し、働き出してからもパチスロ打ちまくっていた。黄金の4号機時代。ギャンブル性の高い機種が揃っていた。

25歳になった頃、友達がストック機のハイエナで生計を立てていた。コツを教わり僕も仲間に加わった。リセットや天井を狙って効率よく打てば月に30万〜50万くらいは勝てた。

その後友達と二人で東京遠征したりとスロットでお小遣いを稼ぎ遊んでいた。

この時、手堅く打てばスロットは勝てるものという認識が僕の中でできてしまった。

でもその代償は大きかった。よほどの人でない限りバランスを保ち続けることはできない。バランスを崩せば大負けする。それを取り返そうとムキになって打って墓穴を掘りまた負ける。そしてまた取り返そうとする。無限ループだ。

勝ったら勝ったでそわそわしてきてまた行ってしまう。本当に終わりがない。

途中少しやめている期間はあったが、地元の友達に誘われてふとホールに出向いてしまったらもう終わりだ。また無限ループの始まりだ。

15歳から45歳までの30年間打ち続けてきた。使ってはいけないお金を使い込んだり、借金したこともあった。何度やめようと思っても気づくとホールにいる。40歳を過ぎてからはずっと本当にやめたかった。1ヶ月ほど我慢できても結局また行ってしまう。

強烈な罪悪感に襲われる。自己嫌悪。最悪の気分だ。娯楽のはずがただの地獄だ。

ふとあるとき気づいた。

『俺は完全に病気だ』

『全然コントロールできない』

どうしたらやめられるかネットで調べていろいろ実践してみた。

①お金を持ち歩かない

②パチンコ屋に近づかない。

③彼女にやめると宣言する。

④ギャンブル依存症コールセンターに電話する

全くではないが僕にはほぼ効果はなかった。一時的な効き目はあるが付け焼き刃だ。すぐに元に戻ってしまう。

依存症になると打っていても楽しくない。ただ、時間が空いていると打ちたくてしょうがない。居ても立っても居られない。四六時中頭の中はパチスロのことを考えている。強烈な渇望だ。これはお酒やドラッグの禁断症状に近い。

夢遊病者のようにもうろうとした意識でせっせとパチンコ屋にお金を運んでいる。

いったいどれだけの時間をあの騒がしい空間で過ごしたのか?

どれほどのお金をコインや玉に交換したのか?

虚しい。いったい俺はなにをしているんだ?正気の沙汰じゃない。もううんざりだ。もうやめよう。

何度固く決意したことか。でもまた気づくとホールにいる。だめだ。

僕はもう諦めていた。一生このままだ。一生ギャンブルに焼かれて死んでいくんだ。

でも僕がパチンコをやめる日は突然に訪れた。

あるときひどい負け方をして後ろ髪を鷲掴みにされる思いでホールを出た。

傷が浅いところでやめればいいのに、マイナスを確定させたくなくて大した期待も持てない台にお金を吸わせてしまう。損切りができないのだ。中毒患者にはよくあることだ。

いつもならここから後悔の嵐だ。あの時動いていたら、あそこでもう1000円追加投資していれば。俺はなんてだめなやつなんだ。そんな思考が頭を占拠し心臓を締め付ける。

車を運転しながら嗚咽のような呻き声をあげ、涙が込み上げる。人気のない駐車場に車を止め、大声で叫ぶ。これが負けた時のルーティーンだった。今思い出しても辛い。

でもあの日は違った。悔しい気持ちはあるが頭はクリアーだった。冷静だった。もう終わったことだ。一旦忘れよう。静かな気持ちで家路についた。

家に帰ってからネットで『ギャンブル依存症 治療』というキーワードで検索してみた。もう本気で何とかしたかった。このままでは後の人生が台無しになってしまう。

そのとき『ギャンル依存症は100%治る』という本に出会った。

コウジさんという元パチスロ依存症の人が書いた本だ。本を読む限り僕よりも重度の依存症だった。

潜在意識にアプローチしてギャンブル依存症から脱却するというメソッドだ。何となく腑に落ちた。

中毒者というものは長年の経験からパチンコに行くことが完全に習慣になっている。

いくらにパチンコをやめると決意してもそれはあくまで表面的意識(顕在意識)での出来事で、意識の大半を占める深い無意識領域(潜在意識)が変化しなければ何も変わらない。

人の意識の95%を潜在意識が占める。残りの5%が顕在意識。

僕たちの行動はほぼ潜在意識に支配されている。

なるほど。

だからいくら痛い目に遭って、もう絶対に行かないと固く決意してもしばらくするとホールに足が向いてしまう不可解な出来事が起こる。

いくら決意しても決意とは逆の結果になる。それは意識の深い部分ではパチンコに行くのが当たり前で当然のことと認識されているから。

この認識を変えない限り同じ結果になる。

これは確かにそうだ。実体験として納得できる。中毒者は表面的な決意だけではパチンコをやめることは絶対にできない。

潜在意識を書き換える方法のひとつとして、パチスロを辞めた後の自分の感情を先取りして言葉に出す。というものが紹介されていた。

本を読み終わった直後僕は、

『やめれて本当によかった』『長かったー』『やっと解放された』『楽になったー(^.^)』『これでお金の心配が減るなー』

といった言葉を100%の感情を込めてマントラのように呟き続けた。

すると段々気分が良くなってきた。負けた事よりもパチンコをやめられたことへの喜びが大きくなっていった。不思議だった。『今日大負けしたから長い中毒者としての歴史にピリオドが打つことができた。ありがとう』という感じだった。

しばらくやっていたらやめられる気がしてきた。

1週間くらい本気で唱え続けた。

パチンコのことやGOGOランプが頭の中でちらついたらすかさずマントラで打ち消した。

あれから6ヶ月経つが今ではパチンコのことを考えることがほとんどなくなった。本当にあっけなかった。今までの苦労は何だったのか。もうパチンコ屋さんに行くことはないと思う。

コウジさん。ありがとう!

今パチンコがやめたくてもやめたくてもやめられなくて悩んでいる人にはすごくおすすめの本です。

大負けした時がチャンスです。本当に。

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